妹が生まれて、私に起こったネガティブな感情。

コウノトリと赤ちゃんプロフィール

妹が生まれたのは私が、三歳の時でした。

三歳というと、記憶があるようなないようなそんな瀬戸際でないかと思います。

これから綴っていくことは、私の自分史になるかと思います。

私自身も、今までの記憶をたどりながら、

自分というものを探っていきたいと思っています。

今の自分の視点から、記憶をたどり、

何か新たな気づきがあったらいいなあと、思っています。

妹がくるまでは、私は大人たちに可愛がられていた。

妹が生まれるまでは、私は父母とおばあちゃんと静かに暮らしていました。

父も母もおばあちゃんも、私に色んなものをくれました。

洋服や靴、おもちゃや本。。。。

時にはバスに乗って、母方のおばあちゃんに会いに行きました。

母の実家は、家族でかまぼこを作って、売っています。

バス

母は9人兄弟の末っ子で、戦後生まれです。

だからたくさんのおじさん、おばさんもいました。

だから一番上のお兄さんとは、親子ほどの年の差があります。

そこにいる沢山の人から、色々と声をかけられ可愛がられたのを覚えています。

だから、母の実家に行くことは私にとっても、とても楽しみでした。

なんかわからんけど、いきなり小さくて、うるさいやつがやってきた。

第二子が誕生となると、

普通上の子はお母さんがいなくなるから、不安になると言います。

私の母も出産は病院だったのですが、

全くお母さんがいなくなった、という記憶はありません。

ただ、なんか私より小さい人をつれてきて、

座布団に寝かせている光景は覚えています。

泣く赤ちゃん

  • なんか私より小さくて動く人が、いつも座布団で寝ている。
  • 今まで静かだったのに、この小さい人、声がでかくてうるさいなあ。
  • 時々、びっくりするような声で泣くから困っちゃう。どうすればいいの?
  • 時々短い時間、妹と二人家に留守番させられていた。
  • そんな時に限って、妹はおぎゃーおぎゃーと泣きわめいて、妹の体は座布団から落ちてしまう。
  • 本当そんな大声で泣かれても、困るから、早くお母さんきてよ。

といつも思っていました。妹の泣く大きな声がとても嫌でした。

たわいもないことですが、こんな記憶が残っていました。

妹が、2歳になると、私とはまるで違う。

なぜかわからないけれど、

妹が2歳になると、近所の子供たちが集まってくるようになりました。

今までそんな子供とか、見たこともなかったのに。

母も妹が生まれて、近所の人たちと子連れで付き合うようになったのでしょう。

泥遊びの子供

そしていつも覚えているのが、

妹は、近所の子供たちとケタケタと笑って外で遊んでいました。

いつも外で泥をさわったり、花を摘んだりして遊んでいました。

そしていつも、お漏らしすると泣いてお母さんを呼んでいました。

その当時は、紙おむつもなかったので、いつも着替えていました。

母も忙しそうにしていました。

私は大人に囲まれて育ったため、

その近所の子供たちと、どう遊んでいいかわかりませんでした。

なんか妹を観察しているような感じです。

なんで妹や近所の子供たちが笑っているのかも、わかりませんでした。

三つ子の魂百までとはよく言ったものです。

私は大人に囲まれた環境だったため、

それからかなり長い間、私は同年代の子供と楽しく遊ぶことができませんでした。

おばあちゃんの家から離島に引っ越し、そして弟も生まれた。

妹が生まれしばらくして、

私と妹と父と母はおばあちゃんの家を離れ、引っ越すことになりました。

父は、転勤のある会社に勤めていたからです。

行先は海のきれいな離島でした。

フェリーに乗って、テープでお別れした光景が目に浮かびます。

そしてこの離島で、母は三人目の弟を出産しました。

私たちは、三人兄弟となったのです。

住む家は父の会社のアパートで、同世代の家族が18世帯暮らしていました。

その頃のお母さんと言ったら、まだ働く人は少なくて、専業主婦がほとんどでした。

だから、子どもを幼稚園におくりだしたら、お母さんの井戸端会議が昼まで続きます。

時間がある時は、いつも同じアパートの誰かと話していて、母も楽しかったようです。

もちろん子供たちも、すぐ仲良くなりました。

ですが私は、近所の子から遊ぼうと声をかけられても、

正直どうしていいかわかりませんでした。

一応付き合うけど、すぐに家に帰って本を読んだり折り紙をしたいのに、

と思っていました。

折り紙

「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい。」って大嫌い。

妹はもう友達と遊ぶのが楽しくて、いつも外で遊んでいました。

大人からすると、妹は子どもらしく天真爛漫で、可愛かったと思います。

だから私は、妹の方が私より人気があるというのは、感じるようになりました。

それでお互い兄弟として成長するので、兄弟げんかはつきものです。

いつも、おもちゃやお菓子の取り合いで、ケンカになりました。

三人兄弟の中で、一番気の強いのは妹でした。

生まれた時から声が大きく、ケンカとなると物を投げつけたりして、とても怖かったです。

そしてある時、どうしても私と妹のけんかがおさまらない時がありました。

そしてとうとう、母は私に

「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい。」というようになりました。

何かあればいつも、「お姉ちゃんだから我慢しなさい。」って。

私はこの言葉が大嫌いでした。

No

だからいつも「嫌だ、嫌だ。」って言っていました。

すると母は

あなたは一番最初の子だから、みんなに一番かわいがられてきたんだよ。

いつも新しい洋服が着れるでしょ。妹はおさがりなんだよ。」って。

私はいつも心の中で、

「新しい服が着れるとか、そんなもの知ったこっちゃない。

そんなの初めから当たり前なんだから、知らない。

好きでお姉ちゃんなんかに生まれてきたんじゃない。」って。

次第に私は妹と自分を比べだして、

妹の方が人気があるのがわかっていたのです。

そういう部分も私としては、妹が羨ましかったのかもしれません。

だからいつも母にこういわれると、イライラするようになりました。

そしてそれから長い間、私は次のことをずっと引きずるようになりました。

  • 友達と楽しく遊ぶことが苦手。
  • 妹と比べて私は人気がない。
  • お姉ちゃんなんだから、という言葉は大嫌い。
  • 体育も、運動会もとても嫌。
孤独なクマ

自分自身に対する思いと同じことを、更に引き寄せるらしい。

今から三年前、私は引き寄せ波動風水師リュウタさんに、

引き寄せの法則を教えてもらいました。

今の自分の在り方が、先の未来を引き寄せると教わりました。

又、幼少期の環境や幼少期に思ったことは、

先の人生に大きな影響を与えるそうです。

これは前回ご紹介した

引き寄せ波動風水師リュウタさんの動画でもお話しされていました。

幼少期の環境や生まれ持ったものは、その人の魂の核となるそうです。

幼少期に魂の90%が形成されるとのことで、

幼少期はその人を語るなら見逃せないものだと思います。

興味がある方は↓をご覧ください。

私は三年前まで、引き寄せの法則なんて知りませんでした。

ですが、引き寄せの法則を知り、今幼少期を振り返るとなるほどと納得します。

つまり幼少期のこの思いが、更に増大した人生を私は送ることになるからです。

幼少期のことを思い出して、自分の感情をあるがままに思い出すことは

とても大事なことのようです。

思い出したくないこともあるかもしれません。

でも自分を自分で客観的に見直すと、新たな変化が生まれると思います。

今の自分の在り方を変えれば、未来が変わるということです。

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