「もしかしたら助かったかもしれない私の上司」:12日目

毎日公開

私の上司に38歳で亡くなった女性がいました。

私は最近、若くで亡くなった私の上司が栄養の大事さを知っていれば助かったかもしれない

と考えるようになりました。

この記事では、38歳で亡くなった女性との思い出について、綴ります。

私が介護職員時代にお世話になった女性の上司のお話です。

私と上司の出会い

介護の仕事の過酷さ

私は子どもにお金がかかるようになると、仕事に困らない介護職に挑戦しました。

ハローワークで研修を6か月受け、特別養護老人ホームで契約社員として働くつもりでした。

未経験なので、最初は夜勤なしの日勤から始めます。

そこで、慣れてから夜勤に入るようになります。

ですが実際にやってみると、とても体力を使い、利用者の方の安全にも気を遣わなければならず

心身共に疲れ果てていきました

未経験なのでできないことも沢山あり、時間ばかりかかるので

焦って事故もおこしたりました。

横たわる女性

夜も緊張で眠れなくなり、家事も手抜きをするようになったのです。

家事を手抜きすると、家庭全体がおかしくなっていきました。

本来ならお給料も多い契約社員で働きたかったのですが、

このままでは家庭がおかしくなるという事で、パート職員に格下げをしてもらいました。

介護業界では常に人手不足なので、

引き留められましたが、私の体と家庭を守るために断固として断りました。

そして私は入浴介助のパート職員として働き始めました。

働いていると、色々な問題が起きてきます。

そのような問題が自分で判断できない時は、上司に相談することになります。

働いていた私の職場は、いつも人手不足で、職員が1人でも病気で休むと人員のやりくりに苦労します。

正社員の人は、夜勤明けでも帰ることができず、連続勤務することも多々ありました。

私も何度も昼の休憩が取れなかったり、残業したりしていました。

仕事仲間

そんな過酷な仕事環境でも、みんな働いている人はとても優しい人ばかりでした

私の職場では、半年に1回直属の上司と面談することになります。

このような過酷な環境で働いていると、誰でも体調の悩みや心の悩みを持っています。

その時お世話になったのが、38歳で亡くなった女性の上司Iさんでした。

当時の私から、10歳ほど年下です。

とても優秀で優しい女性の上司

私の働いていたところでは、10人を1ユニットとして、2ユニットの20人の利用者のお世話をします。

その2ユニットの利用者様の事やお世話をする職員の事、

様々なことを全部把握して判断するのが、ユニットリーダーの役目になります。

そのユニットリーダーを務めていたのが、私の上司Iさんでした。

Iさんは学校卒業後、すぐに介護職で働いていたので、その道20年の優秀な経験者です。

身長は150センチで体重は40kgもないスリムな女性でした。

いつも髪をオールバックにして1つにまとめている、きれいな女性です。

仕事も20年の経験があるので、何でも早く的確にできました。

とても小柄な体なのに大きい人の介助も上手で、どこからそんな力が出るのだろうと思ったほどです。

半年に1回の面談では、いつも優しく話をしてくれます。

色々な話を聞くと、とにかく人のお世話をしたい、この仕事に生きがいを感じるというIさんでした

私が困ってそうな時は、いつも声をかけてくれる優しい上司のIさんです。

とても頼りになる信頼できる上司でしたので、

私はここに4年も働き続けることもでき、介護福祉士の資格も取ることができました。

手紙

上司Iさんと一緒に働いて、気になったこと

昼食の休みで一緒になる時は、いつもポカリスェットだけ

たまに、この上司Iさんと、昼休みで一緒になることがありました。

ご飯を食べる所として、職員のために1部屋が用意されています。

それぞれお昼になると、

職員それぞれが、弁当を持ってきたり外から買ってきたりしてご飯を食べます。

ちょっとのおしゃべりも楽しいもので、これがあるから働ける、と言った感じです。

たまに上司Iさんと一緒になって、私はいつも自分で作った弁当を食べて、おしゃべりをします。

ですが、いつも上司のIさんは弁当を持ってこないのです

いつもポカリスェットだけなのです。。。

それで私は、つい聞いてしましました。

私

えっ、リーダーそれだけで、ごはん足りるんですか?

上司Iさん<br><br>
上司Iさん

私、朝もお腹すかないし。。

夜にリラックスしてまとめて食べるから、いらないの。。。

といつもこんな感じで、ポカリスェットを飲みほすと、煙草を吸いに出ていきます。

確かに「仕事中の休憩にリラックスなんてできるはずもない!」という気持ちはよくわかります。

仕事が終わった後こそ、リラックスでき、食事を楽しめる!」という気持ちもよくわかります。

だから私も、仕事が終わった夜を楽しみにしていました。

ご飯を食べた後にでも、コーヒーと甘いお菓子とスナック菓子を毎日食べていましたから。。。。

これこそが、私の幸せ!という感じですね。

健康診断で数値を指摘されても、薬を飲んでいるから大丈夫、と気にしていませんでした

自分が病気になるとも、考えもしませんでした。

ですが、私としては上司Iさんのことを

私

こんなに過酷な仕事をしているのに、ご飯食べなくていいなんて凄い!

だからスリムなんだ。羨ましい。。。

でも本当に大丈夫なんだろうか。。。

まあ、人のことだし、立ち入るのもできないし。。。

と思っていて、何も言いませんでした。

暑い浴室で、ハードな入浴介助をしても1滴も汗をかかない

また、同じ入浴介助のパートの人が休みになったので、

上司Iさんが代わりに入浴介助をやってくれた時がありました。

その時は、私と2人で寝たきりの人の入浴介助を行いました。

当然浴室というのは、温度が高いわけで、

しかも体重のある利用者さんを介助するとなると、体力も使います。

私は毎回毎回、体から滝のような汗を出して介助していました。

首にタオルを巻いておかないと、汗で目が見えなくなるのです。

午前の介助が終わると、シャツもパンツも下着もすべてぐしょぐしょに濡れます。

だからいつも着替えを2セット用意して、通勤しました。

そんな状態なのに、一緒に入浴介助した上司Iさんは、涼しい顔をしていました。

仕事柄慣れているのかもしれないけど、どうも、汗1滴もかいていないようです。

私

リーダー、こんなに暑いのに汗をかかないんですか?

上司Iさん<br><br><br>
上司Iさん


うん、私汗かくことないよ。

私としては、汗をかかないなんてと、羨ましいと思ったものです。

涼しい顔をして、いつもきれいでいられるから。。。

私なんて、見てくれを気にしては仕事はできない!という感じで、いつも汗と戦っていたのに。。。

そんな上司Iさんも結婚適齢期

仕事ができる上司Iさんも、年齢的には結婚適齢期とも言えます。

ある時ふと、上司Iさんが、ますますきれいになったなあと思った時があったのです。

それは春ごろだったと思います。

言葉に出して言いませんでしたが、なんかオーラが違うなあと。。。思っていました。

きっとお年頃だから、恋なんてしているかもしれないなあ。。。と思っていました。

ロマンチック女性

そして夏になりました。

そしたら上司Iさんが、旅行に行ったお土産を職員全員に配っていました。

私

リーダー、お土産ありがとうございます。

旅行長崎に行ったのですね!

誰と行ったのですか?

上司Iさん<br><br>
上司Iさん

彼氏と旅行してきたんだ。。。

私

そうなんですね。彼氏と旅行なんていいですね。

お年頃ですね。。。。

そうか、そういうことだったんだ。。。いいよね、彼氏と旅行なんて。。。

私もそういう時期あったなあ。

と嬉しくも思い、やっぱりお世話になっている上司Iさんにも幸せになってほしいなあ

と思っていました。

この年で彼氏がいるなら、いずれその人とも結婚するかもしれないなあ。と。

上司Iさんに訪れた変化

お土産をもらってから2週間たったころだと思います。

上司Iさんが

上司Iさん
上司Iさん

今日発熱したから、あまり動けないけど、色々とよろしくね。

私事務作業をしているし、何かあったら声かけてね。

人手不足を重々にわかっているから、休む気にもなれないし。。。

その時も、他の職員の人たちは体を壊す人が続出していて、

上司Iさんは人員の配置に苦労しているようでした。

数日たっても、

上司Iさん
上司Iさん

今日もごめんね。なんだか熱がさがらなくてね。。。

事務作業しているから、よろしくね。

本当に迷惑かけてごめんね。。。。

という事でした。

私は

私<br><br>


いやー、そんな無理しないでいいと思いますよ。

休みはお互い様だから、リーダー休んだ方がいいですよ。

それでも責任感の強い上司Iさんは、

「午前中だけでも」と出勤して、事務作業して帰るようになりました。

そんなある日、ユニットの職員全員で夏の飲み会が、夜開催されることになりました。

この飲み会も、上司Iさんが企画したものでした。

過酷で大変な介護をやっている職員がお互いに交流し、

やる気を高めようという意図で企画したようでした。

ですがその飲み会に出席すると、

なんだかスリムな上司Iさんの顔がまん丸になって、赤っぽくなっていました。

普段は色白で、スリムで綺麗なひとでしたが、顔がまん丸で赤っぽい感じでした。

そして、

上司Iさん
上司Iさん

最近はなんか熱が出たり下がったりの繰り返しなんだ。。。

それでね、ほら、見て。

私の手の関節が赤くはれているの。。。。

痛いんだよね。。。

それを聞いたみんなは、

「絶対に病院に行って、詳しい検査をしてもらった方がいいですよ。」と言いました。

検査の結果は、「全身性エリテマトーデス」という自己免疫疾患

そしてある日上司Iさんから、

上司Iさん
上司Iさん

詳しい検査をしたらね、自己免疫疾患だろうと言われたの。

難病なんだって。。

それで、このまま今までと同じように介護をしていたら、

全身が人工関節んいなるって、言われた。。

だからしばらく介護もできないし、入院することになると思う。。

色々お世話になったね。。

迷惑かけたね。。

また戻ってくるから、待っててね。

ありがとう。

という事でした。

介護の仕事が生きがい、と言っていたのに、介護ができない体になってしまいました

そして私はその2か月後に、家族と一緒に今住んでいるところに引っ越すため、この職場をやめました。

ですので、この言葉が上司Iさんから聞いた最後の言葉になりました。

下記に病気の詳細を載せます。↓↓↓

全身性エリテマトーデス(SLE)指定難病49

そして、訃報の連絡がきた

そして私たちは、今住んでいる住まいに引っ越しをしました。

荷物がかなり多いので、家が落ち着くまで時間がかかりました。

そんな矢先、一緒に介護をしていた同僚から、電話がかかりました。

同僚
同僚

今日、、上司Iさんが亡くなったそうです。

あまりの急なことで、私も動揺しています。

一応Iさんとかかわりがあったので、連絡しました。

私もあまりの急な出来事で、とても動揺しました

夏の発熱から、わずか3か月の事でした。

私は引っ越して遠く離れていたので、同僚に香典を持って行ってもらいました。

後から聞いたお話ですが、

教会でのお葬式に、上司Iさんの彼氏さんもいたそうです。

二人で長崎に行ったあたりで、どうも結婚の約束をしていたようでした。

そして、上司Iさんは一人娘だったそうで、両親様二人は悔しくて仕方がない。。。

と泣き崩れていたそうでした。

一人雷

私もあまりにショックで、しばらく眠れませんでした。

まだまだ幸せな未来が残っていたはずなのに。

介護が生きがいって言っていたのに。

こんなに優しくて優秀な人が、どうして38歳で亡くならなくてはならないのでしょうか?

結婚の約束をしていた彼氏がいたのに。。。

あまりにも悲しすぎるお話しです。

いつも利用者様のことを考えて、手抜きはしない上司Iさんでした。

どんなに忙しくても、利用者様の介護はきちんとやってね、って言っていました。

私たち職員にも、まずは利用者最優先と言って、私たちに教育もしてくれました。

利用者の方の家族からも、絶大な信頼を得た人でした。

とても惜しくてたまりません。

分子栄養学での治療はあるのか?

私の取った情報で、色々調べてみました。

あるネットでの記事では

以下の事がわかりました。

  • ある記事では、原因が不明なので治療はできないが、今ある体の機能を保つことはできるという事です。そのような記事がありました。↓↓↓

自己免疫疾患への栄養

藤川先生の本では

以下の情報は、下記の本から引用しています。

また藤川徳美先生の以下の本では、全身性エリテマトーデスの治療症例はありませんでした

脱髄疾患と呼ばれる自己免疫性神経疾患の一種の多発性硬化症の治療症例がありました。

オーソモレキュラー治療で、ほぼ半年で完治と書いてありました。

治療内容はやはり基本は同じで、大まかにいうと以下のようになります。

  • 糖質を控える
  • 普通の人より多めにたんぱく質を増量して摂る
  • ビタミンB50、ナイアシン、ビタミンC、ビタミンE、ビタミンD、ビタミンA、キレート鉄、亜鉛、マグネシウム、セレン を摂る

様々な神経難病・膠原病・慢性疾患も治療を行えば、改善に向かうと書いてありました

オーソモレキュラー医学入門には

以下の情報は以下の本から引用しています。

関係のある所を、大まかに調べてみました。

  • 自己免疫疾患等を栄養療法で治療する時には、医師に相談し栄養療法を始める前に様々な検査を受けるべきである。また定期的な検査をするべきである。
  • この病気は様々な薬物を併用しないといけないが、栄養療法を用いると治療効果が向上するし、薬の使用も少なく、早くやめられる可能性がある。
  • 病気の症状は人によって様々である。同じ栄養療法を行ってもサプリの効果も人それぞれ違う。

私が分子栄養学を知って思う事

自分の体調不良から、色々なことを調べ、分子栄養学にたどり着きました。

このことで、日々の食事の大切さ、そして栄養素が体に大きい影響を与えることも理解しました。

ですので、今から4年前に亡くなった上司Iさんのことを思うと、

もっとこの情報を早くに知っていたら何とかなったのではないか、と思います。

もっとこの情報を早く知っていて、毎日の食事を大切にしていたら、

もっと長く生きられたのではないでしょうか?

分子栄養学で必ずこの病気が治るとは言えませんが、

普通の病院にかかる以外にも、様々な情報を知っていたら、もっと違ったのではと考えます

もし、私が上司Iさんだったら、おかしいと言われる情報も何でも試してみたと思います。

世の中は、まだまだ私の知らない情報や真実が沢山あります。

今まで普通にやっていることが当たり前という事に固執せずに、

色々探していけば何かにたどりつくのではと思います

本当にこのような悲しいことが起きないように、自分の体は自分で守ってほしいと思います。

今日の私の日常

いつもの朝ドラ 「舞いあがれ」。

「人よりも上手くでできない。。」と言っていた舞ちゃんが、まるで昔の私のように思えます

私もいつも運動もできなくて、何でも人よりもできなかったからです。

つまり、母親が頑張り過ぎて、一人で何でもやっちゃうタイプだったのです。

舞ちゃんが言った言葉に対して、言ったおばあちゃんの言葉が身に沁みました

そして涙ぐみました

「できないのがそんなにいかんのか?できないなら次できるようになればよか。

人と比べるのではなくて、過去の自分より成長していけばいい。

という事だと私は解釈しました。

そしてこのおばあちゃん役の高畑淳子さん、本当にいい味出している~と思っています。

毎日、食い入るように見ています。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。