別れを受け入れられない私の醜態とS君の言葉

黒白ガラス雨プロフィール

もう失恋したんだから、別れるしかない。

そんなことは本当はわかっていました。

でもS君が「2,3か月、両方と付き合って今後のことを決める。」という言葉に、

私は酷い!!と思いながらも執着していました。

別れるのが怖くて、別れを受け入れることができなかったからです。

別れを意識しながら、もがき苦しむ。

お盆前にS君と会って話した結果、S君との結納はなくなりました。

S君に新しい恋人ができたからです。

でもS君は「まだ自分の気持ちを決められない」と、言い残して帰っていきました。

自分には全く勝ち目がないことはわかっていました。

ですが、私は7年も付き合ってきてずっと結婚を夢見てきたので、

簡単にあっさりと別れることはできませんでした。

とにかく生活することは上の空で、時間があれば次のようなことを考えていました。

一人雷

とにかく別れるのが怖い。

別れたら自分はどうしていけばいいかわからない。

自分という存在は何なのか?何の価値もない、惨めだ、恥ずかしい

苦しい、悲しい、消えてしまいたい。。。。

どうしようもなく、S君に電話する。

まだ正式にはS君と別れたわけではない、と自分では思っていました。

S君も自分の気持ちを確かめるために、

「私と新しい人としばらく両方付き合って決める。」と言ったのだから。。。

でも、S君の住んでいる所仕事している所には、いつも近くに新しい恋人がいる。。。。

もう行くこともできない。

行ったとしても、会えないかもしれない。。

もうどうしようもなく、私はS君の住んでいる寮に電話をしました

いつも電話すると、電話の近くにいる人が出て、

呼び出してくれるようになっています。

ですが、何回電話しても「今いません。」と言われるばかり。

もうS君は別れを決意して、電話に出ないことにしているのかもしれません。

段々と私の中で、本当にお別れなんだ。。。という気持ちが大きくなっていきました。

とても悲しく、寂しく、惨めで、もう死んでしまいたい。

そんな気持ちがぐるぐると私の体を駆け巡っていきます。

そして私は、やってはいけない事を犯してしまったのです。

最後の悪あがきです。

往生際の悪い、醜い言動。。。。

それはS君の寮に電話をして、

S君の元恋人の○○○〇〇が自殺未遂をして、

救急車で運ばれました。と伝えてください。」と言ってしまいました。

うつむく女性

死にたいけど、死ぬ勇気もない。

でも私が死を選ぼうとしたとわかったら

S君はもう一度私の方へ、来てくれるかもしれない。

それほど好きだったってこと、わかってくれるかもしれない。

だって、私は7年もの間、ただS君との結婚のために全てを捧げてきたのだから。。。

S君が言った私への最後の言葉

恋人たちが付き合って別れる時、色々な状況があるかと思います。

今でこそ思うことができるのは、どんなに辛い別れだったとしても、

人生のある時期を一緒に過ごしてくれたのだから、

「ありがとう。」と言って別れるのが美しいと思います。

そして相手の幸せを願って別れることができるのなら、これが理想でしょう。

ですが若くて人生経験のない私は、そういう考えさえもできませんでした

私が自殺未遂をしたという事がS君にやっと伝わったようで、

2時間後にS君から私の家に電話がかかってきました。

「大丈夫か?」の言葉もなく、

あんたが死のうが生きようがどうなろうが、俺にはもう関係ない。

もう、あんたと俺はアカの他人なんだから。」と言われてしまいました。

そしてすぐに電話が切れてしまいました。

そして、この瞬間、私は本当にS君と別れたのだと実感しました。

そして次から次へと涙が溢れてきました。

S君の冷酷な言葉に、別れの決心がつく

涙が溢れ続ける間、今までの思い出が走馬灯のように頭を駆け巡っていきました。

S君と出会った時のこと。

付き合い始めた時のこと。

ファーストキス。

遠距離恋愛。

そして初めて結ばれた時のこと。

結婚しようと言ってた時の楽しかった思い出。。。

その色々な思い出が、このS君の一言で吹っ飛んでしましました。

素敵な思い出も全部、粉々に壊されてしまいました。

ガラスの破片

「こんなに長く真剣に付き合ってきた私に、こんな冷酷なことを言うなんて酷い!!

最低な男だ!!

もし偶然会うようなことがあったら、

コノヤローと言ってコーヒーを顔にぶっかけてやる!!」と私は思いました。

そしてこんな冷酷な男、、、もういいや。と思えるようになりました。

どんなに辛くても死ななかったのは、家族のお陰

S君との関係が壊れたことは、家族全員が知っていました。

どうやって伝えたかは覚えていません。

私が苦しかった時、家族はただただ見守ってくれました

父親と弟はこの件に関して何か話した記憶はありません。

妹はS君のことを「あの男め、、、。」と言っていました。

そして私の母親とおばあちゃんが私のためにやってくれたことは、今でも覚えています。

私の知らない所で、思い悩み悲しんでくれたと思います。

思いますというのは、私にかける言葉は少なかったけれど、

悲しむ私をただ静かに包み込んでくれていたんだ、と今は確信しているからです。

母親はあの日から変わらず、毎日私にご飯を作ってくれました。

無職で、家事も何もせず、

ただ横たわる私に「ああせろこうせろ」とは一言も言いませんでした。

そして「こんな悲しいことは時間が解決してくれるよ。

忙しくしてたら忘れていくもんだよ。」とだけ言いました。

ずいぶん長い間、私の自堕落な生活をただ見守ってくれていました。

手紙

そして私のおばあちゃんは、S君との結婚のために私に家事を教えてくれていたので、

家族の中では一番感情的だったかもしれません。

S君との結納がダメになったとわかったら、

おばあちゃんはS君への長い長い手紙を書きました。

内容は見ていませんが、

その長い長い手紙を「私がS君に送ってやるから。」泣きながら言っていました

妹が「それは当人同士のことだから。」とおばあちゃんを止めていました。

苦しみながら抜け殻のようになった私を、

家族はいつものようにただ静かに見守ってくれました。

そのお陰で私は、この大失恋を乗り越えることができたと思います。

当時はこんなことすらも思えませんでしたが、

このブログを書いて過去を振り返っていくと、

私は家族に愛されていたんだと感じることができました。

今となっては有難いと思っています。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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