「私の栄養療法を否定する長男」:15日目

男の目毎日公開

分子栄養学を勉強している私は、自分の家族にも栄養療法を理解してほしいと思っていました。

なぜなら食事を大事にすることと、栄養素の重要性を理解することは

健康になるための重要な1つの方法だと思っているからです

ですが私の長男は、栄養療法を否定しています。

この記事では長男の経歴と、栄養療法についての私の意見と長男の意見について綴ります。

精神障害者である長男の経歴

妊娠・出産時の状況

妊娠

妊娠時は前記事にも書きましたが、

私は食事の大切さを全く理解しておらず、

もっと赤ちゃんに良い栄養を摂るようにお医者様から言われていました。

貧血もあり鉄剤も飲んでいました。

ですが妊娠後期に切迫流産のおそれもあり、後期は安静に過ごしていたため、かなり運動不足でした。

よって初産と運動不足が重なり、お産は自然分娩でしたが、かなり苦しみました

予定より1日遅れで、一応問題はなかったです。

しかし、助産師さんから、「出産時に出てくる羊水が古かった」と言われました。

幼少期の状況

泣く赤ちゃん

前記事でも書きましたが、

長男が赤ちゃんの頃はいつも機嫌が悪く、泣いてばかりでとても育てにくかったです。

前記事に書いた桶谷式母乳育児の助産師さんに、乳腺炎を治してもらったことから、

母乳育児で育てました

その時に食事の大切さを教えてもらいました。

長男は1歳半の検診で引っ掛かり、「自閉的傾向」と診断されました。(目線が合わない・発語がない)

そして障碍児保育に力を入れている保育園に入園し、環境や食事を整えることを努力しました。

男児

やはり、健常児の子と違って、集団生活になじめない、落ち着きがないという特性がありました。

私と同じで、体の使い方がとてもぎこちない子でした。

反面、字などはすぐに覚えてしまうところがありました。

家庭の中も、次男が生まれて1年後離婚となりましたので、私は実家に戻り生活をしました。

離婚となったので、子供にとっては不安定な家庭だったと言えるでしょう。

小学生の状況

小学校

小学生入学時では、「自閉的傾向」に加え軽度の知的障害とも診断され、特殊学級に在籍しました。

ですが勉強についていけたため、3・4年生は普通学級に在籍しました。

ですが授業妨害を起こして周りに迷惑をかけるので、関係する人全員で話し合いを持ったこともありました。

5年生は担任の先生が変わったことで、約1年間不登校となりました。

6年生の担任の先生の尽力のお陰で、楽しく学校に通うことができ、無事に卒業することができました。

この頃私は引っ越しをして、1人で働きながら実家の援助も受けながら、子供2人を育てました。

寝る時間もなく、余裕がなかった私の精神状態が子供に反映したともいえるかもしれません。

それでも学校の先生、保育園の先生、子供会の親御さん、沢山の人から助けてもらいました。

学校

この頃も定期的に発達検査を受けており「高機能広汎性発達障害(高機能自閉症)」と診断されました。

ですがIQはボーダーラインで、知的障害という診断はされませんでした。

中学生の状況

いじめ

やはり普通の子と違うため、いじめのターゲットになりました。

ある同級生に、学校にお金を持ってくるように言われ、持っていたこともありました。

その後私は、元夫と復縁・再婚するために、母子共々夫の元へ引っ越しをしました

引っ越し後の中学校でも、いじめのターゲットになり集団で暴力を振るわれたりして、

いつも職員室に逃げていたようです。

夫は怒り狂い、学校に怒鳴りこみにいき、いじめた子とその親を呼び出し謝罪をさせました。

それ以降、いじめはなくなりました。

このようなことから、長男は同級生とは一切つきあわず、一人で行動するようになりました。

しかし学校の授業はついていけていて、成績は良い方でした。

一人

中学生最後の発達検査では、

特に困ったこともないようなので、発達障害とは言えない。と診断されました。

特に困ったことがないというのは、

一人でいたからこそ、対人関係で何もトラブルが起きなかったという事です。

高校生の状況

やっていた部活の先輩後輩関係が厳しかったので、一時期不登校になりました。

友達は一人もできず、友達とどこかに遊びに行くことはありませんでした。

しかし勉強にはついていくことができ、どちらかと言うと勉強が好きな感じになりました。

この頃も、ずっと一人だったので、特に困った問題も起きませんでした。

進学も、そこそこの成績だったので、医療系の私立の大学を推薦で受験しました。

何も問題がなかったので、この頃は発達検査は受けていません

勉強

大学生の状況

勉強が好きな方だったので、大学の勉強もついていけました。

ですが途中けがによる入院で、長期に休まなければならず、1年休学しました。

そして5年かけて無事に卒業し、医療系の国家資格を取ることができました。

先生との関係やアルバイト先の人間関係に悩んだ時があり、その頃に発達検査を受けました。

とても得意な所と不得意な所の差が激しい、アンバランスな発達だということでした。

ですが発達障害とは言えない、個性が強すぎる子、と診断されました。

数学

社会人の状況

医療系の資格を取って総合病院に就職しました。

仕事を教えられるけど、努力しても同期と同じように仕事ができないという事で、

思い悩み不眠になりました。

(スピードがあり変化する環境が苦手、物事の優先順位が見極められなかったためと思われます。)

他者との人間関係が築けないため、ますます思い悩むようになりました。

就職してわずか3か月で、段々と心と体が壊れていったようです。

そして何回教えても仕事が覚えられないことを、ひどく注意されたことがきっかけで、

うつ病になってしまい、退職することになりました。

この頃は、今までできていたあらゆる簡単な判断も、1人でできない状態になりました。

本人曰く、頭が真っ白で、何も覚えられないという事でした。

絶望

精神科に受診した時に、

もともと自閉スペクトラム症を持っていて、二次障害としてうつ病が発症したと言われました。

この時から今まで抗うつ薬と睡眠薬を飲み続けるようになりました。

自閉スペクトラム症の二次障害の対策記事は下記をクリックしてください。↓↓↓

自閉スペクトラム症の二次障害を防ぐ

今現在の状況

ベッド

日常生活も引きこもりになり、寝てばかりいるようになりました。

たまに外出した時に、ある人に声をかけられ付き合うようになりました。

そしてその人に多額のお金をだまし取られるという事もありました。

家庭裁判所で和解調書を作成してもらいましたが、先方からは半額だけ返金されただけで、

その後は連絡が途絶えてしまっています。

お金

このような引きこもり等の悩みを聞いてくれる自治体の相談機関に相談しました。

この間、精神障害者手帳を取得し、障害年金の申請をし受給できるようになりました。

また支援員さんお世話により、今は就労移行支援施設に通えるまでに回復しました。

今も定期的に精神科に通い、抗うつ薬や睡眠薬を処方してもらって飲んでいます。

生活リズムが整っているので薬はいらないのではと思いますが、

この薬がないと眠れないという事です。

また時々、自分の今までの人生を振り返り、

人生の負け組だから死にたいと、口にするようになりました。

上半身裸の男

長男に栄養療法を勧めた私の思い

藤川先生の本を見ると、

栄養療法でうつなどの心の不調が改善し、薬が要らなくなったという症例が沢山ありました。

私の取った情報では、抗うつ薬や睡眠薬を長年飲んでいると、

体に様々な影響を及ぼし、段々と薬が手放せなくなるという事でした。

いざ薬をやめるとなっても、かえって離脱症状が激しくなり、苦しむことがあるとありました。

薬は少しずつ減らさないといけないとも書かれていました。

薬

薬に副作用がないことは絶対にないと思います。

薬には体の代謝機能を妨げる副作用があると言われています。

ですので母親としては、薬を飲まなくても大丈夫な体になってほしいと、強く思います

ずっと飲み続ける抗うつ薬と精神薬が本当に安全か?ととても心配しています。

ですので、薬をやめていくためにも、栄養療法を取り入れていってほしいと思っています。

そのような思いもあり、

長男にプロテインを勧めたりしましたが、吐き気がするので飲めないという事でした。

味を変えたり色々試しましたが、とても嫌がりました。

(吐き気がするのもたんぱく質不足の症状です。)

プロテイン

今年の夏、栄養療法をやっている医療機関で、長男の血液検査をしてもらいました。

尿素窒素:15.1    (20以上が目標)

フェリチン:46    (100以上が目標)

で男性としては明らかに、たんぱく質不足・鉄不足の数値です。

この数値が更に低くなると、更にうつ症状がひどくなることが懸念されます。

長男が栄養療法を否定する思い

長男は休学しても自分なりに頑張って、医療従事者の資格を取ったので、

このことを誇りに思っているようでした。

今まで自分が勉強してきたことが絶対だと思っており、

栄養療法の医療機関に行った時も、「こんなの怪しい」と言っていました。

対立

病気を治すために薬があるのに、薬以外のサプリで治す事こそ怪しいと思っているようです。

栄養療法の情報も見ることもしないのに、根拠がないから怪しいと言っています。

沢山の人が治ったとしても、それは一医者の個人的な感想だ!と否定をします。

栄養療法を信じることは、今まで自分が勉強してきた医学を否定するのと同じことだ!

という言い分でした。

また、甘い物を食べたらいけないとかカップラーメンはあまり食べるなとか、

自分には無理だという事です。

好きなものを好きなだけ食べたいし、添加物なんてどうでもいいという事でした。

という事で、私と長男の考えはずっと平行線のままです。

平行線

間違っているとか間違っていないとか、0か100かの考えをしようとします。

一度は凄い議論をしましたが、きっと長男は変わらないでしょう。

私はあまり、人と何が正しいとか間違えてるとか議論をすることは嫌いなので、

その後はこのことには話しません。

争いや戦いにエネルギーを使うのは嫌いだし、エネルギーの無駄だからです。

対立

栄養療法を否定された私が思う事

薬なしでも健康になれる可能性のある情報がすぐそばにあるのに

これが実践できないことは、母親として残念に思っています。

長男ももう成人だし、長男の人生なので、立ち入ることはできません。

人間、本当に困らないと、色々な問題に気が付くことができないと思いました。

昔の私と同じです。

不安な女性

分子栄養学を知った今、私が思う事は、私と夫も栄養不足が蓄積していたという事です。

なぜなら、私はたんぱく質の重要性を理解していなかったし、

夫はボクシングをやっていたので、成長期に減量をしばしばしていたからです。

だから、長男が発達障害になった原因の一つは、

間違いなく夫婦の栄養不足も関係していると思っています。

発達障害の原因ははっきりわからないですが、

遺伝的なもの、複合的な環境汚染、そして栄養不足ではないかと考えます。

遺伝的な要因もそもそも御先祖様の体に栄養の過不足が生じ、

体質や遺伝となり受け継げられてきたのではと思います。

人の体は食べ物からできているし、食べ物はその人の心や行動にも影響を及ぼすからです。

私もここ最近自分が体調に困って、本当の健康とは何か?と考え始めました。

そして栄養療法に出会いました。

ですが長男には、

添加物の少ない食事を手作りして、たんぱく質をしっかりとれるような食事を作るぐらいしか、

手立てがないと思っています。

肉

私は、今までの医療(西洋医学)を否定しているわけではありません。

事故やケガ、急性期の病気など今の医療がないと、人は助かりません。

でも西洋医学以外でも、人を健康にする色々な技術も進化ししているは事実です。

どんな医療であっても、人を健康にするというゴールは同じだと思います。

ただ、私が思う本当の健康とは?

薬を飲まない体で、健康になるという事です。

だから、色々な違った医療がお互いにいいとこどりをして、進化していけばいいと思っています。

お互いの短所を補い合い、お互いの長所を活かしていけばいいと思います

人を健康にするというゴールは、一緒のはずだからです。

多様性

発達障害を抱えている子供を育てている人へ

もし発達障害と診断されて、色々な療育を受けている場合は、幼少期の頃からのすべての記録を残すことをお勧めします。

なぜなら障害年金の申請時に、必ずいつどこで誰に診断されたか?どういう症状だったかの記録が必要になります。特に診断書のコピーは必ず取っておくことをお勧めします。できれば有料で正式な診断書を発行してもらえば後々楽になります。

私は診断書のコピー・発達検査の記録をすべて残しておきました。

職場退職後、健健康保険の休業給付を1年半受給し、その後雇用保険をもらいながら就職活動をしましたが就職することはできませんでした。

それでネットで色々調べたところ、うつ病が良くならない場合は障害年金がもらえる可能性があることを知りました。これは自分で探さないとたどり着けない情報だと思います。誰も教えてくれませんでした。

また障害年金を受給するには様々な条件がありますが、長男のような精神障害の場合、定期的に精神科に受診して投薬治療を行っていることも条件の1つになっています。

逆に言えば、精神科を受診せず投薬治療を行っていないのであれば、精神障害者とは言えず、障害年金はもらえなくなる可能性があるという事です。私は薬は毒だと思っているのでここは悩ましい所です。

長男のような発達障害は、良い時は診断されず、悪い時は診断されることもあり、先々どうなるか不透明です。ですので、全ての記録を残しておくことが、いつか役に立つと思いました

今日の私の日常

今日はとても天気が良く、少し夏に戻ったようでした。

空の雲は一つもなく、温度も高く暑いくらいでした。

ですので、迷わず布団を干し、シーツを洗いました。

それからパソコンに向かうのですが、今日はやたら眠くて苦しみました。

毎日1記事公開を始めて、15日目、まだまだ先は長いです。

明日は眠気なく記事が書けることを祈っています。

眠い猫

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。