「運転にも心が現れるよ」と自動車学校のT先生は私に言った。

車の運転席プロフィール

S君との遠距離恋愛から大失恋となった私を、家族じゃないのに支えてくれた人がいました。

それは私が通っていた自動車学校のT先生でした。

この記事では私の車の運転について、

そしてT先生がどうやって私を支えてくれたかを綴っていきます。

車の運転もなかなか習得できない私

私も短大卒業の半年前ぐらいから、将来に向けて車の免許を取ることにしました。

私の住んでいた所では公共交通機関がだいだい30分に一本利用できます。

田舎と言ってもいいので、みんな就職前には車の免許を取るのが通常でした。

ご存じのとおり私は幼少期のころから、体を動かす運動とか、作業が苦手です

だから車の運転も人よりできませんでした。

筆記試験は大丈夫なのですが、

運転実技となると人よりできませんでした。

仮免をとるのにも相当苦労しました。

仮免を何とか取れたとしても、

半年以内に運転の本試験に合格しなければなりません。

恥ずかしながら短大を卒業しても、車の免許は取れませんでした。

就職先の銀行で、「車の免許は取った方がいい」という事で

時間を調整してもらいました。

そして何とか期限ぎりぎりで車の免許を取得できました

しかし、最後の本試験の監督の先生から、

あなたはとても反応が遅い。車社会のスピードについていけていない。

だから車に乗らないでいいなら乗らないほうがいいでしょう。

今回は期限ぎりぎりでもあるので、情けで合格です。

と言われる始末です。

不安な女性

車の免許を取っても、数年は運転しないで甘えていた私

車の免許をとっても、「乗らないほうがいい」と言われたから、

私は運転しませんでした。

運転に自信が無いし、

通勤もJRやバスを使えば時間はかかりますが、事足りるからです。

つまり運転しないほうがお気楽だ。という事です。

乗らないと上手にならない、

お金をかけて取った車の免許がもったいない

というのは最もです

ですがその頃の私は、

この部分だけ見ても、相当甘えていて、依存心の大きい女だったのです。

だから、何か職場で行事がある時は、人に乗せてもらっていました。

S君とのデートもいつもS君が運転していました。

今思えば、

こんなに自立していなくて、成長もしない私は大失恋しても仕方がなかったかな

とも思います。

本当に車が運転できるようになったのは、8年後の母子家庭になった時

結果として、私が車を運転できるようになったのは、

私が子供を授かった後、離婚となり母子家庭になってからです

私はS君で大失恋した後、今の夫と出会いました。

結婚してすぐに二人の息子を授かりました。

でもわずか5年で離婚となり、母子家庭となりました。

その頃、子供が4歳と2歳だったので実家にいました。

子供を病院に連れていくとき、いつも親に車を出してもらっていました。

そしてとうとう親に「いい加減、自分の子は自分で育てなさい。

人に頼らずちゃんと自立しなさい。」と言われたのです。

当たり前ですよね。恥ずかしい話です。

母と子供2人

その時私は、車で道は走れるけれど、

駐車場に上手に停めることができなくて、車を運転したくありませんでした。

人の車にぶつけたら大変なことになるからです。

だからまた、駐車場に上手に停めれるようになるために、

車の教習所に通いました。

そしてやっと車を駐車場に停めれるようになりました。

それからは人並みに車の運転はできるようになりました。

S君との恋愛中、自動車学校で出会ったT先生

T先生との出会いは、自動車学校に通い始めてしばらくしてからです。

担当の先生の予約が取れず、空いていたT先生が教えてくれることになりました。

見た目は郷ひろみみたいで、とてもかっこいい先生でした。

でも普通の人と比べると、

目つきが澄んでいて鋭かったのを覚えています。

男の目

私の運転の横で、T先生は言いました。

今あなたの心はとても不安定ですね。

僕にはわかります。心の状態が運転に現れるものですよ。

そしていつもあなたは首の後ろが痛くないですか?」と言われてびっくりしました。

聞けばT先生はちょっとした霊感があるそうです。

首の後ろに何か?はご想像にお任せします。

そして心について勉強していて、

悩む人を手助けしたいと思っているとのことでした。

私は今の自分の心を、正直にT先生に話すようになりました。

それ以降、ずっとT先生の車の教習を受けるようになりました。

T先生に悩みを聞いてもらいながら、教習をしてもらいました。

そして少しだけ私の心は落ち着いてきて、運転も何とかできるようになりました。

免許を取って、自動車学校を卒業しても、T先生に電話していました。

なんかあったら、いつでも家に電話してね。」とT先生は私に言ってくれたのです。

T先生の家に電話し、私がいつも話していたこと

T先生は結婚されていて、3人のお子さんがいました。

いつも電話すると奥様が出て、電話を取り次いでくれました。

夜遅くてもT先生は、私の話をただ聞いてくれました

S君との恋愛で不安が全くない、というのは嘘になります。

遠距離恋愛で、なかなか会えない苦しさ、寂しさもありました。

やはり、S君の近くに別の女性がいるかもしれないという不安もありました。

そんな心を打ち消して、S君と結婚の約束をしたのだからと、こだわっていたのです。

いつしか、私はその苦しい恋愛に魂を奪われていたのです。

電話

そして、S君との結納がダメになったこと、

別れを決意したことをT先生に報告しました

T先生はどんなに私がS君との恋愛の辛さを話しても、

「別れたら?」などとは一言も言いませんでした。

ただただ、ずっと私の話を聞いてくれました。

ただただ人の話を聞くなんて、相当時間もかかります。

本当に有難かったなあと思います。

そして私がS君と別れたことを告げると、初めて

別れを自分で決意できてよかったね。

自分で決めるという事が重要なんだよ。

今までちょっとS君との恋愛に執着していたのかもしれないね。」と言われました。

後からT先生に聞いたことですが、その頃の私の姿を見て

私のことを「このままでは危ない」と思ったそうです。

苦しい恋愛に執着していて、魂の抜け殻のような私を見て、

助けないと!」と思ったそうです。

T先生に沢山お世話になり、私の辛かった時期を支えてくれたという事で、

親と一緒に先生の家にお礼に行ったこともありました。

親としてはこのように娘が辛い時期に、

家族でない他人の方に娘を支えてもらって有難いと思ていたようです。

いつしかT先生とは年賀状を交わすようになりましたが、

今から30年ほど前の話なので、

今は連絡は途絶えています。

でもT先生への感謝の心は忘れないようにしようと思います

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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