私の恥ずかしい過去③「天理教の詰所に泊る」
凝りもせず、私は天理教の詰所にも泊ったこともあります。
前記事にも書きましたが、私はどうしてもこのようなものに首を突っ込む、変人なのです。
人の人生には必ず壁があったり、
自分がどちらに進めばいいか方向性を見失うこともあります。
私はいつもそのような時、占いなどから解決の糸口を探そうとしていました。
この記事ではふと立ち寄った手相占いから、
天理教の詰所に泊るに至った経緯と、自分の考えを綴ります。
今の私は天理教とは関りはありません。天理教と関わったのはほんの数日です。
今から30年ほど前のことを、思い出しながら書いています。
これは、前記事の統一教会の話がある前のこと、になります。
今後の私の結婚はどうなるのか?手相占いでみてもらう
今から30年ほど前、S君と別れて、再就職した私は22~23歳でした。
結婚相談所に登録するかしないかの頃の話です。
まだ夫に出会ってない頃です。
S君との別れが知りたい方は下記をクリックしてください。↓↓↓
毎日勤務が終わると私は駅に向かって、歩いて帰っていました。
週に2、3回ほど路上で明りを灯し、座っている人がいました。
年は30代後半の男性で、いつも紺色の作務衣を着ている顔の整った人でした。
座っている人のテーブルの前に「手相占い 3,000円」という張り紙がありました。

私は何度も見て通り過ぎましたが、ある日その人に手相を見てもらうことにしました。
なぜなら3000円で安いし、占いの中では手相はなかなか当たる!と思っていたからです。
私の鑑定結果は、「別れの因縁がある」
私の手相を見てもらって、ずばり一言「別れの因縁がある」と言われました。
今思うと、確かに当たっていると思います。
実際に私は、せっかく結婚して子供をもうけたにも関わらず、離婚したからです。
私の手相は下記のような手相でした。
- 結婚線がすっきり1本だけではなく、両手に何本もある。(右手に2本・左手に3本)
- 結婚線一本がきれいな線でなく、横切る線・二股に分かれた線・島になった線がある。
また私の手相は、生命線・頭脳線・感情線のスタートが全部離れている珍しい形だそうです。
つまり一般的ではない変人だという事みたいです。

占い師は私の手相を見て、

遠距離恋愛して別れたでしょ。
と言われました。
確かに当たっています。
そして私は、

今後、私の結婚はどうなるのでしょうか?

・・・・・・あなたには別れの因縁があるから、運命の勉強をしていった方がいいでしょう。
勉強してみませんか?

えー、別れの因縁?あ、はい勉強してもいいです。

それでは○月○日の〇時に、そこの駅で待っていますので、来てください。
勉強会は1泊2日になりますので、準備してきてくださいね。
という事になりました。
その頃の私は、怪しいとか危ないとか何も考えていませんでした。
今思うと、男性だし警戒した方がいいのに、、、と思います。
むしろどんなことを勉強するのだろう?とワクワクしていました。
占い師に案内された場所には、見たこともない光景があった
約束の日、その占い師の人と駅で待ち合わせをし、列車に乗りました。
親には友達と旅行に行くと嘘をつきました。
道中その占い師の人と話をして、初めて天理教の施設に行くことがわかりました。
その占い師は天理教の信者で、占いを通して布教活動をしているようでした。
私が住んでいる県の隣の隣の県に、大きな施設がありました。
近代的な建物ではなく、和風建築と言った感じです。

まず、案内されたのは大きなお座敷で、その奥に神様が祀ってあるようでした。
そしてそこには、沢山のハッピを着た人たちがたくさんいました。
そして何やら太鼓などが鳴り響き、祝詞のようなものをあげていました。
訳が分からないのですが、踊りをするような人もいます。
私はどうすることもできないので、
ひたすら座って、周りの人が拝礼する時に合わせて拝礼をしました。
見たこともないような光景に圧倒されました。
お祈りが終わると、別の部屋に案内されました。
人を助けて我が身助かる、という事でハッピを渡され台所へ案内される
別の部屋で、簡単に天理教についての教えの話がありました。
天理教の教えでは、
自分の我を立てずに、人のために祈り働くことで、いつの間にか我が身が助かる、
という事らしいです。
下記が天理教のHPです。↓↓↓
そして紙に、天理教の教祖中山みき という人の教えを書き写してください、と言われました。
私は後日、この紙を大事なノートに書き写しました。
ですが残念なことに、今はこのノートは持っていません。
中山みき という人が言った「女の通るみち」という題名の教えを書き写しました。
書き写しが終わると、私はハッピを渡され、台所に案内されました。
施設をあちこち移動すると、このハッピを着た人たちが、沢山働いていました。
大きな荷物を運んだり、外回りを掃除していたり、床を雑巾で拭いていました。
私が案内された台所には、ハッピを着た女の人達が大量の料理をしていました。
そして、占い師の人から、

あなたも、自分が助かりたいのなら、人のために働いていきなさい。
そうしていくと、いつしか助かるものです。
働くとは、ハタが楽になるという事です。
他者に楽になってもらうために働くのです。
みんな他の人が楽になるように、自分の持ち場で働いているのです。
ここまで来たので、私は嫌とも言えませんでした。
台所の女の人に指示をあおぎ、言われるとうりに仕事をしました。
正直料理もあまり慣れていないし、作る量は大量だし、とても疲れてしまいました。
内心、

あー。。。来るんじゃなかった。
と思いました。
でも周りを見渡すと、みんなハッピを着て、一生懸命働いていました。
こんな光景を見たのは初めてでした。
占い師、自分の境遇を語る
やっと台所の仕事が終わって、ご飯を食べ、入浴したころには、体がくたくたになっていました。
いきなり知らない所にきて知らない人たちに囲まれて、
やったこともないことをやって、とても疲れました。
交通費は自分で出しましたが、
この施設に泊ったり食事したり入浴したりするすべての料金は、占い師が出してくれたようです。
寝る部屋を占い師に案内された時、占い師の人が自分の境遇を語り始めました。

今日はどうでしたか?

イヤーちょっと疲れてしまいました。。。。

実は私は妻と離婚して3年になります。
そして自分が結婚した時の写真を私に見せてくれました。


もう少し早く、この教えに出会っていれば、、、と思います。
悔やんでも仕方がないので、私はここで働かせてもらうようにしているのです。
こうやって喜んで働くことで、運命が変わっていくのです。
あなたもまた、ここに帰ってきてくださいね。
きっと親神様が喜んでくれると思います。

そうなんですね。
今後のことは、、、ちょっと考えさせてもらいます。
私は内心、「こんなはずではなかった」と思っていたので、
もう来ることはないだろうと思っていました。
ですので、ちょっと考えるという返事をして、天理教には首を突っ込まなくなりました。
占い師の方からその後、電話がかかったり、強引な誘いを受けたりはしませんでした。
自然と、この天理教からは遠ざかっていきました。
当時の私には、人が楽になるために働く、などという考えは全くありませんでした。
自分が助かればそれでいい、なぜ人のために働かなければならないのか?意味がわかりませんでした。
時を経て、後ではっとさせられた『中山みきの「女の通るみち」』
この時に書きうつした「女の通るみち」は、
天理教の人から、毎日読んでくださいと言われていました。
今は、書き写したノートはありません。

しかししばらくは、毎日読んでいたこともありました。
毎日読んでいたこともあって、内容はなんとなく覚えています。
正確な言葉は覚えていませんが、内容は下記のようになります。
女の通るみち
女が幸せになるみちは、我をたてず、はい、と言って通らせていただくこと。
男は天で、女は地であるから、男を立てて通らせていただくこと。
我をたてて、売り言葉、買い言葉、切り言葉は言ってはならない。
言葉の使い方にも注意をすること。
どんなことがあっても、どんなに苦しくても、
はい、と言って低い心で、そのみちを通らせていただくのだ。
はい、と言って笑顔で低い心で通らせていただくと、いつしか幸せなみちになっていく。
と正確ではありませんが、要約するとこのような内容だったと思います。
当時の私は、ちょっとこんなこと聞いたことがないので、珍しいなあと思って読んでいました。
そして次のようにも感じました。
- 男を立ててとか、ずいぶん男尊女卑の考えだなあ。
- 何でも、はい、と言ってみちを通るとか、そんなに女性は耐え忍ばなければならないのか?
- どんなみちでも、笑顔ではいと言って低い心で通れる人、そんな人いるはずない!
- 私にはそんなことできそうもない。

そして数年たって、私は夫と結婚し2人の子供を設けました。
それから4年で離婚となりました。
この離婚した時に、また再婚して数年たったある事件に遭遇した時に、
私はこの、「女の通るみち」をふと読み返すようになったのです。
そしてこの時、私は「女の通るみち」の内容が、少しばかり理解できるようになりました。
今後いつかまた、「女の通るみち」について触れていきたいと思います。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。